2017-05-22

懐かしい  NO 6969

雪月花全国で観光列車が増えている。昨日のBS番組で越後トキめき鉄道の「雪月花」を紹介していた。

車内で食事を提供していた料亭が糸魚川の大火災で被害に遭ったが、自宅で何とか対応しようと行動されていた秘話は感動する内容だった。

前号で北海道のことに触れたが、「幸せ列車」で紹介されている「10年前の独り言」を開くと、札幌市内のホテルで行われていた結婚披露宴に出席していたことが分かり、懐かしく思い出したので再掲を。

寒いですよ!  NO 1867   2007-05-21

一昨号で八戸から特急「白鳥」で青函トンネルを、そこで地震が起きて海水が流れ込んだら恐ろしいなんて書いていたら、その次の日の深夜に八戸から北海道地方に震度4の地震が発生。

最近、そんなことを書いたら不思議と地震が発生するので気持ちが悪く、そんなところから八戸か青森に飛び、そこで会いたい人物とのひとときをと考えていたことを中止、嫌いな飛行機で北海道へ飛ぶことにした。

チケット購入をしてから搭乗口へ。搭乗する際に現地の天候を見たら雨、気温は9度とあった。

指定の席に着席、離陸する前に「上空の天候が悪く、かなりの揺れが予想され、シートベルトをそのままに」と放送されたが、離陸後しばらくで雨雲の中に突入。そんな時、機長からのアナウンスが流れた。

「ご搭乗、有難うございます。現在13000メートルの上空を飛行していますが、生憎の天候で着陸時にはかなりの揺れが予想されます。しかし、飛行に問題はないのでご安心を」との放送。

お陰で客室乗務員のサービスも限られた範囲内のもの。新聞に目を通していたら、着陸態勢で前方が下がっている。5分も経たない内に機長のアナウンス、「本日は、非常に西風が強く、追い風となって到着時刻が10分ほど早くなるとのことで、かなり早い所要時間で着陸した。

扉が開いて通路に出たら確かに寒い。すぐにセーターを取り出して着用したいほどだった。

今、札幌市内のホテルに滞在しているが、何度か宿泊したところ。別のSホテルで行われた結婚披露宴に出席、3時間のひとときを過ごして戻り、皆でつるつるになる温泉に入って部屋に戻った。

披露宴は、札幌市内で最も広いと言われる会場で行われた。少し早めに到着してロビーにいると次々に大型バスが到着する。その人達は全員が出席者、地元の町の有力者全員が揃ったようなものだった。

「あのう、クロークは上にもありますか?」「お手洗いはどちらですか?」なんて質問が私に向けられる。それは、これまでに何度も体験したことだが、すべてタキシードという服装を原因として発生した笑える話しでもある。

議会の代表の方、町長に続いて祝辞を担当した。ちょっと「風変わり」「型破り」という形式だったが、新郎の妹さんが「初めて体験しました。感動しました」なんてお世辞をプレゼントしてくれた。

メンバー達だけのテーブル、そこで進行に対する様々な意見が出た。共通したのは新郎新婦が入場する場面での拍手。せっかく素晴らしい声量の歌手が歌っているのに拍手で迎えるなんてナンセンス、しばらくすると白けてしまって勿体なかった。

拍手をせずに歌を聴きながらじっくりと新郎新婦を見つめる。高砂の席に着いて盛大な拍手となれば盛り上がったのにと残念な思いを抱いた。

隣席のメンバーが女性司会者のひとことに首を傾げていた。「皆様、お席にお戻り下さい」との言葉だが、披露宴で「戻る」という言葉は禁句として初歩的なものである。

そしてお開きの前に行われる両親への花束プレゼントだが、新郎新婦が両親の席と入れ替わって行えばよかったのにと思ってしまった。高砂の席からお開き口に近い末席にいる両親への感謝とはおかしなこと。当然のように行われている進行シナリオの中に大きな問題が秘められていることを司会者の皆さんにご理解いただきたいものだ。

しかし、結びの新郎の謝辞は良かった。今日の両親への感謝の言葉を、いつまでも忘れないようにと願っている。

そうそう、この式場だが、私には思い出の場所である。随分と昔のことだが、札幌始まって「以来」という大規模な社葬が行われ、プロデュースと司会の「依頼」を受け、担当申し上げたご仏縁のある場所。その同じ会場で祝辞をというえにしに、」感慨深い思いを抱いた今日だった

今日の写真は観光列車「雪月花」を。
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