2024-10-12
最悪の想定 NO- 10152
揖宿で知られる「砂蒸し風呂」は、初孫が2歳だったころ、アメリカへ2年間在住する前に日本でのひと時を過ごした二日間の出来事があった。我々夫婦が「いわさきホテル」で二泊の滞在をする旅だったが、和あたしが初めて「砂蒸し風呂」を体験した時だった。
二日間だったのに私はどうしても札幌に行かなければならないことがあり、一泊だけしtて後ろ髪を引かれるような思いで鹿児島空港から千歳へ向かうことになった。札幌の仲間の会社が立派な葬儀式場をけんせつしたからで、そのオープニングセレモニーのプロデュースと司会を担当することになっていたからで、重なってしまったからだった。
我々プロの仕事には最悪の想定という基本的な哲学がある。この時も気になっていたことが二つあり、その一つが大阪から飛んでくれるシンセサイザーの奏者のことだった。機材は前もって送っていたが、私が気になっていたのが音響機器にジャックが存在しているかどうかの問題で、当日出発する彼女に電話を入れ、念のために小型のスピーカーを持参して貰うことだった。
その杞憂は現実となってしまった。立派な音響機器がセッティングされていたがジャックがなくスピーカーが役立つことになったのである。
もう一つは私が搭乗する飛行機の事故であり、司会者が行けなかったら大変亞ことになるのでパソコンにあった司会原稿を通魔古米の仲間にメール送信し、万が一の時には司会をお願いと送っておいた。
幸いにして無事に千歳空港に到着、私が司会を担当することが出来たがジャックの剣は本当に正解だったことを体験した。
そんなことで前日に「砂蒸し風呂」を体験出来たが、その心地良さにもう一泊出来たのに残念と思いながら鹿児島食う子いうから千歳空港まで飛んだ旅となった。
その体験があったことから白水館でも荒尾の友人を誘って「砂蒸し風呂」に時間を過ごすことになったがその後元禄風呂という大浴場で過ごしてから夕食会場に行った。
焼酎好きな彼だが、焼酎のメニューを目にして「嘘!」と言っている。それは当時に幻となっていた焼酎「森伊蔵」があったからで、好きなだけ出されると言うのだから喜んでいた。仲居さんの話によると、森伊蔵の会社経営が芳しくなくなった際に女将さんが援助されていたことがあり、そのご仏縁から優先されていることが判明した。
食事中の午後8時過ぎのことだった。私の携帯電話がぶるぶるしている。出ると幼馴染の女性からで、お姉さんが亡くなられてそうで、私はお通夜に出なくてはならないので明日の夕方には帰阪しなければならない。
次の日、旅館から利用したタクシー運転手さんに「観光コースを」とお願いしたら最南端の駅などに連れて行ってくれたのだが、料金メーターが5000円を超した時、「揖宿の観光組合のキャンペーンになっていまして5000円以上は無料となっていますから」と1時間余分に回ることが出来た。
我々夫婦も新幹線で熊本まで一緒に行き、「つばめ」で新大牟田へ向かう彼らと別れて「さくら」で帰阪できたが、帰宅してから服を着替えてお通夜の式場へ行った。
さて、最悪の想定に関してだが、我々式場の提供者は非常口の鍵の備えも重要で、責任syが手にしておくとか司会台の上に備えておく必要があるし、階段があれば荷物などを置かないようにしなければいけないし、駐輪場があれば整理しおくことも重要である。
そんな最悪の想定で知られるのは東日本大震災の時のディズニーランドの対応で、お客さん達の頭部を守るのにキャラクターの土産品を提供したり、ごみ袋を切って防寒服にしたり極め付けは「ひじき」の入ったあたたかな「おにぎり」を振舞ったことで、都市伝説としてディズニーランドでは園内に飛行機が墜落してきた設定までマニュアル化あるかされているそうだ。