2019-04-17

振り返って  NO 8477

宇治山田駅昨日は朝から夫婦で病院へ行った。どちらも骨折の経過確認でレントゲン撮影を受けたが、問題がないということでホッとしたが、左足の大腿部の痛みが気になるのでついでにレントゲン検査を受けた。

診察室で先生から言われたのは「股関節も異常ないし、大腿部の骨も正常で腫瘍のような物も見当たりません。しばらく様子を見ましょう」だったが、過去にこの言葉で忘れられないことがあったのを思い出し、帰路で歩きながらその時のことを考えていた。 

それはこの仕事に従事してから10年ほど経った頃の出来事だった。30代の女性の葬儀を担当し、ご主人と幼い2人の子供さんを車に乗せて瓜破斎場へ「お骨あげ」に逝った際のことだった。

休憩所で10分ほど待つ時間にご主人が涙を流されて後悔された体験話だった。

「亡くなった妻は神経質な性格で、半年に1回必ず検査を受け、女性特有の癌も調べていたのですが、3ヶ月前に受けた検査で問題がなかったのに、急激に悪化して入院し、激痛に苛まれる姿が可哀想で本当に神も仏もないと嘆いたものでした」

入院での闘病生活は2ヶ月だったそうだが、幼い子供の心情を考えて乗用車を売られ、中古のワゴンタイプの車を探し、布団を積み込んで生活できるようにし、許可を貰って病院の駐車場で約1ヶ月間生活をされたと知った。

「子供が幼稚園と小学校に通っておりましたから、直接車に戻る生活で病室の母との別れを十分にさせてやりたかったのです。しかし何よりも残念なのは、半年前の検査で何もなかったのに3ヶ月で手遅れになるとは癌という病気は本当に残酷ですね」

ご主人は務めておられた会社の社長に事情を話して休職扱いにして貰っていたそうだが、その社長の暖かい人情味に感謝をされていた。

癌の進行は若いほど速いと言われているが、幼い2人の子供を残して旅立ってしまったお母さんの心情を慮ると命という問題を改めて考えさせられることになったので印象に残っている。

フランスのノートルダム聖堂の火災のニュースは衝撃だった。歴史も文化も全てを消失してしまうので火災とは恐ろしいもの。世界中で悲しまれる人が多い中、復興に関する寄付の申し出が多いことが救いだった。

朝からいつもの理容室へ行った。先客が2人いたので30分ほど待ったが、その間に新聞や週刊誌をいっぱい読んだ。

天眼鏡を持ち歩いているので助かったが、隻眼で細かい文字を見るのは疲れるもので、友人から勧められた「ハズキルーペ」も候補の一つだが、どうも派手なテレビCMが気に入らないので現在は購入していない。

両陛下が伊勢へ出掛けられているニュースがあった。新幹線で名古屋から近鉄特急「しまかぜ」で宇治山田駅にご到着。新しい元号を迎えることになるので沿線や駅で迎える人達が多いそうだが、かつて伊勢神宮の警衛のトップに幼馴染みが勤めていたが、定年制がなければ彼が先導を担当していただろうと想像する。

宇治山田駅の駅舎は東武鉄道浅草駅や南海電鉄難波ビルディングを設計担当した「久野節氏」の作で、駅舎内に貴賓室のあることでも知られている。

鳥羽までの新線が開通するまでは、3階のホームにバスが乗り入れられ、賢島を結ぶ特急バスが運転されており、鳥羽を経由する行程ではなく、内宮の手前から志摩磯部を結ぶ伊勢道路を走行していたと記憶している。

今日の写真は近鉄「宇治山田駅」の外観を。
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