2019-07-06

北に向かって手を合わそう  NO 8516

気仙沼プラザホテル青森県八戸市の創業者から「ホタテ貝」がいっぱい届いた。友人や近所の方々へもプレゼンとしたが、友人のプロの両輪が「特別な物」と言っていた。

も今年の秋で4年目となるが、トマム、富良野、札幌、苫小牧、洞爺湖、函館に立ち寄ってから「特急スーパー白鳥」で新青森で新幹線に乗り換え、八戸に立ち寄った際に申し訳ない出来事があった。

「八戸駅に到着されたらお知らせください」と言われていたのだが、予約していたホテルにチェックインをしてから電話を掛けたら、ホテルの予約をいただいておりキャンセルをお願いした。

そこから会社に行き、お母様に心からお礼申し上げたことを思い出す。お母様は毎年青森特産の「山芋」を恵贈くださり恐縮していたが、私が茶色の水飴が好物であることを知られ、その後に手作りされた「水飴」もいただいていた。

割烹をやっている友人も「茶色の水飴」が大好きで、いつも半分を届けていたが、「これが本当の水飴で懐かしい」と喜んでくれた。

老舗の料亭でびっくりするような料理を出され、料理長が説明に来てくれたが、病的な程の偏食の私に驚かれていた。

八戸から新幹線で一ノ関へ行き、ドラゴン線で気仙沼に立ち寄って、奇跡みたいな再会を果たしたが、そのきっかけとなった「幸せ列車」の管理人さんには改めて手を御併せておこう。

気仙沼で宿泊したホテルは「気仙沼プラザホテル」だったが、新幹線のデッキで予約電話を入れた際、こちらから伝えた料金に対して「フカヒレもアワビも付きます」と言われたが、どちらも苦手なので別の料理をお願いしたら、食事処で出てきた料理を見てびっくり、オムレツ風の大きな卵焼きが中央にあり、「その上に旗を立てたらお子様ランチよ」と笑われた。


一ノ関駅から東京を経て「ひかり」で帰阪したが、飛行機を利用せずに鉄道だけで帰阪したのでお疲れモード。函館の旅館で「食前酒」を飲んだことも悪かったみたいで、2回目の膵炎を発症して入院した。

その時は土曜日の発病で、月曜日まで我慢したことが悪かったみたいで、前回入院の赤十字病院が満床で、大阪鉄道病院へ入院したが、CT検査でかなり悪いという医師の言葉に衝撃を受け、七日間の絶食入院後に赤十字病院へ転院し、そこから4日間絶食する辛い入院生活を過ごした。

兆候を感じたときに救急外来で飛び込むべきだったと後悔したが、休日前に病気になることが多く、3年前の正月の3日に帯状疱疹を煩ったときは最悪だった。

温泉で温めることもよいことをネットで知り、平山温泉、雲仙温泉、嬉野温泉で宿泊し、武雄温泉駅で友人と再会して昼食を共にしたが、「嬉野温泉は何処の旅館に?」と聞かれて答えたら、そこは宗教者である彼の檀家さんで、女将さんとも顔馴染みと知ってびっくりした。

旅館の会席料理が苦手な私だが、「女将さんのお勧め」というすき焼きプランを選択したら、部屋食だったが換気扇がなくて大変だったことも懐かしい。

明日は朝から医院へ行き、続いて予約している整骨院に行くが、フラフラしてまっすぐ歩けないので困っている。

今日の写真は気仙沼プラザホテルを。気仙沼で再会したご夫妻とは不思議なご仏縁に結ばれていたが、「幸せ列車」の管理人さんが発信されたコラムに新聞記事が掲載され、カラー写真で偶然に見掛けた出来事があった。再開して帰阪してから電話があり、「人生の楽園」に採り上げられることになりましたと言われてびっくり。私が60年前に食べた「醤油味のたこ焼き」にも挑戦されていたことを放送の中で知った。

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