2021-06-16

昔の娯楽  ǸО 8792

はるかすパフェテレビの普及売るまでは映画の時代だった。我が家の近くにも映画館が多く存在しており、昔は楽しみの一つだった。

国土25号線の桑津北口に東宝系の映画館があったし、林寺のスーパー万代の前身は東映専門の映画館で、時代劇をやっていた。

現在の弊社の南側を西に行って廃止を超えた右側にあるモータープールも映画館だったし、疎開道路の児玉薬局の真向かいに洋画専門のパーク劇場があって、北隣には日活の映画館があった。

猫魔側筋に大映映画専門の電気感があったし、今里筋の田島5丁目の信号を東へ行った所にあるスーパーの前身は「コトブキ座」で、会社がが幕間のCMに協力していたところから、あちこちの映画館の無料入場券を貰っていた

パーク劇場は貴重な存在だった。西部劇の3本立てなんかがあって大歓迎だったが、ある時に撮影の光線に煙が移って煙たくなってびっくりしたら、ダクト内でボヤ騒ぎになり、急いで非難した思い出もある。

数日後に再オープンしたので版権を持って行ったが、ボヤの原因はダクトに溜まった誇りにタバコの火が引火したものと判明したが、当時は館内で堂々と煙草を吸う人たちも少なくなかった。

母親に連れられてゴジラの第2作を観た思い出があるが、アンギラスという怪獣が登場して衝撃を受けた。

ゴジラの第2作目は「ゴジラの逆襲」というタイトルで、1955年だったので小学3年生だった。

東映に時代劇で憶えているのは「水戸黄門」で割る約専門の月形龍之介さんが演じられていたので驚いた。助さん格さん「東千代助さん」「大川橋蔵さん」が扮していたことを憶えているが、調べてみたら1957年の作品で私が小学4年生の頃だった。

東映映画で「片岡千恵蔵さん」の遠山の金さん憶えている。息子さんが日本航空の社長に就任されて懐かしく思い出していたが、当時の娯楽作品は面白かった 。

電気館で観た大映の市川雷蔵さん主演の眠狂四郎も憶えている。1963年が第一作だったが、私が高校生の頃だった。電気感の売店でラムネが10円、みかん水が5円だったことも鮮明に憶えている。

調べてみると「眠狂四郎」の初代は「鶴田浩二さん」で、市川雷蔵さんが二代目となるが、三代目は「松方弘樹さん」四代目が「田村正和さん」であると知った。
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