2020-05-16
雨の日 NO 8791
朝から医院へ行った。待合室に友人が座っている。彼女は数年前にご主人が亡くなった。その前日に医院で一緒に話をしていたので信じられなかったが、突然の脳内出血でどうしようもなかったそうだった。
ご主人は北海道のご出身で、メモリアルコーナーに羊蹄山の麓で大の字になって笑っておられた写真が印象に残り、その後に何度か北海道旅行で羊蹄山を目にした際に手を合わせてきた。
検査を済ませて先に出られた彼女だが、コロナに感染しないようにと手を合わせた。
私の免疫が弱っているみたいでそれこそコロナに要注意であるが、何もかもコロナの影響で物事が遅延してしまい、死後になってしまう恐れさえある。
何より困るのは会わなければならない人物と会えないことである。東京や名古屋への移動も叶わないので仕方がないが、重要なことが残っているので気になっている。
医院で処置を受け、序でに転倒して負った擦過傷のテープも貼って貰ったが、頂いた処方箋で薬局に寄って薬を貰って来た。
妻が入院していた病院が院内感染の発生から診察が受けられず、今月の診察は電話で様子を伝えることしか出来ず、処方箋は指定した薬局へ文書で届けられることになった。
今日会った友人との話の中に、観光地へ行っても「大阪から来ている」と言ったら嫌がられるだろうし、外出自粛の文言が頭を離れない。
昨日はアメリカのネバダ州で強い地震が発生していたが、我が国でも連日のように続いているし、阿蘇山の変化も気になるところだ。
今日の夕食は友人が差し入れてくれた「筑前煮」と「玉子焼き」だった。タイミング良く届けてくれたので嬉しかったが、我々夫婦の温泉旅行に一緒に行って貰わないと不便なことが増えてきているので頼りにしており、落ち着いたら霧島と平山温泉に行きたいと考えている。
熊本駅近くに在住する友人夫妻と会いたいし、昨年の5月の講演には奥さんが診察日で来られなかったが、その後に手術を受けて順調に回復し、ゴルフとビールを楽しんでいると電話で話していたが、もう半世紀の付き合いになる大切な友人だ。
私がゴルフを始めたのは彼の存在からだった。初めてラウンドしたのが河川敷のゴルフ場である「樟葉」だったが、彼のホームコースであった大甲賀の油日コースで開催されたテレビゴルフにも参加したことが懐かしい。
「たら・れば」ということがゴルフに多いが、最終ホールでティーショットが「OB」になってしまって決勝戦に進めなかった。たった一打の重みに涙した悔やまれるショットだったが、当時は互いに若くて飛距離もあったが、五十代から還暦を迎えると飛距離が落ちるので寂しいが、「直ドラ」を得意にしていたことも懐かしい。
コロナの影響で様々なスポーツ大会が中止となっている。高校生の目標であるインターハイも開催されないし、春の選抜野球と夏の甲子園大会も中止となりそうで、受け入れられない生徒達がいっぱいいると想像するが、「塞翁が馬」の言葉もあることは確かで、充実した人生も歩んで欲しいと願っている。
今日の写真は横浜に登場した連接バスを。