2020-11-05

主治医の話  NO 8653

コロナの問題から面会が出来ない。担当医の話を聞いたら、出血は広がっていないことが判明してホッとしたが、脳動脈瘤の可能性が否定できないとのことで衝撃を受ける。

数日前から行動や所作に異変があり、医院の先生に紹介状をいただいて阿倍野の市大病院の西側にある画像専門のクリニックへ行き途中、アポロビルの地下の通路で突然後方に倒れたので驚いたが、現在の所は「ICU」で監察を受けながら治療が行われているが、CTの結果に脳の一部に萎縮が見られ、高齢者特有の症状が出た可能性も否定できない。

医院の先生夫妻やケースワーカーさんとも会ったが、退院しても自宅で生活するのは無理で、どこか施設にでもとアドバイスを受けた。

介護認定からすると限られてしまい、有料の民間施設と言うことになるが、本来口座にあるべき大金も横領されてしまっており、また新しく別のシナリオで訴訟を起こさなければならない。

大切な家族を喪うと悲嘆の状態になり、「怒り」「孤独感」「絶望感」「焦燥感」「自責感」「疲労感」「無力感」「不信感」などに苛まれるが、悲嘆の課程で「受け入れることが出来るまで」にはかなりの厳しい状況を迎えることになる。

悲嘆の慰めに「思慕感」というものが重要と言われている。それは生前のことや臨終時の悲しみの状態を知ってくれている人達に生じるもので、それは「癒やし」に繋がる大切なことである。

大切な友人の伴侶が危篤状態にあることを知ったが、私に出来ることは司会者の指名程度で、万一の時には「お別れの言葉」を捧げたいが、それも叶わないので心苦しく思っている。

その伴侶の人物は私が小学生時代からの幼馴染みで、「8個10円」の醤油味のたこ焼きの味を互いが知っており、合う度にその話をして懐かしかった。

書湯味のたこ焼きは不思議な縁で気仙沼でたこ焼き店をやっている夫妻に伝授したら、面白いと取り組まれ、その後にテレビ番組「人生の楽園」で採り上げられたのでびっくりした。

北海道からの帰路、函館から「特急スーポー白鳥」で新青森駅へ行き、新幹線で八の兵立ち寄ってから次の日に一ノ関からドラゴン線で気仙沼で再開出来たのだが、東京を経由して帰阪した頃に体調を崩し、2回目の「膵炎」で大阪鉄道病院へ入院、1週間絶食してから大阪赤十字病院へ転院、ここでも5日間の絶食を強いられたので最悪だった。

膵炎で始めて入院したのはその半年前で、赤十字病院だった。顔馴染みとなった先生や看護師さんから「また来たの?」と言われて笑われたが、油物とアルコールを禁じられていたのに、函館の湯の川温泉のお気に入り旅館で夕食の食前酒を飲んだことが悪かったみたいで、言葉で表現できない思い感じの腹痛は堪え難く、その次の年にノンアルコールのビールをコップ一杯飲んだだけで3度目の入院となった際「ノンアルコールはムル間の運転に問題がなかっても、あなたの病気には差し支えるのです」と言われた苦い体験をしている。

コロナ問題から温泉旅行も難しい。そんな中で発生した妻の転倒事故。果たして温泉に行けるように回復できるのかと心配している。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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