2013-12-12

先人の知恵  NO 3478


昨 日「水曜日」は「まぐまぐ」ブログの発信日。入院中なので随分前に書いていた司会者向けの思いを「司会と究極のサービス業」というタイトルで発信となった が、盛大な結婚披露宴に主賓として出席した際、お開きになってからプロの女性司会者が「私の司会は如何でしたか?」と尋ねられたので、彼女が全く気付いて いなかった大きな問題を指摘した出来事にも触れており、懐かしい思いを抱いた。

絶食も10日目だが、早朝の採血の結果で明日から食事が始まることになって安堵。食事の摂取でどのような影響が出るのかは分からないが、やっと人間生活に戻れるような気がしている。

ニュース番組を観ていたら「東国原」議員が維新の会を離党。比例当選なので議員を辞職するという話題があったが、かつて師匠である「ビート武」氏が、「彼は、沈没する前に逃げ出す」なんて揶揄される発言をしていたのが印象に残っている。

まるで「いじめ」の対象になっているような猪瀬都知事だが、借用書問題が余りにもお粗末だったので、今日は漢数字についての体験を書いておこう。

小切手を発行する際にチェックライターで金額を打ち込むが、一文字ずつ打ち込むタイプもあったしデジタルタイプで打ち込んだ数字を瞬時に打ち込んでくれる優れものもあった。

これらは領収証の金額表示にも重宝されていたが、時には文字書きで金額を書き込む必要性もあったことから、ビジネス書を購入して基本的なことを学んだ歴史があり、それからすると猪瀬都知事の借用書が如何に考えられないものかということになるだろう。

漢数字でも「一・二・三」は書き加えられたら変化してしまうので禁止だし、その何れも「五」に変化するところから「伍」にすることも常識だった。

「壱・弐・参」の他に「千」も「十」から変化するので「阡」が用いられたり、「十」は「拾」が使用されていた。

「万」は「百」に変化してしまう恐れがあるので「萬」があり、「百」も「佰」が常識であった。

金額欄には「金」の文字から書き込まれ「参佰伍拾萬四阡圓也」などと表記したが、「円」は「圓」と変え、金額の最後に「也」を書き込み、打ち込んだ漢数字の右下に「¥」マークに続いて算用数字を併記される慣習もあった。

これらは先人から伝わる「知恵」のような気がする。プロの作家たる人がそんな一般常識を理解されていなかったことも驚きだが、物事の起こりを遡ることも面白いものである。
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