2009-07-02

被害に遭わないように  NO 2467


 昨号で書いた大雨は、平成2年で19年前のこと。それからも何度か豪雨が襲った歴史もあるが、出発が30分遅かったら道路の通行止めによって、ホテルで過ごすしかなかったことを後から知った。

  また、霧島で宿泊したホテルは「坂本龍馬」が日本人初と言われた新婚旅行で滞在した旅館。そおな歴史的な資料が展示されていたし、食事をしたレストラン 「杉パレス」のガラス張りの席から見えた100年杉の世界が素晴らしく、自然の中に餌付けされた狸やイノシシが姿を見せた光景をはっきりと記憶している。

もう7月、文月とは稲の穂が実る月という意味だそうだが、あちこちで被害が出るほど大雨が降るとは困りもの。稲作にとって発育や収穫に影響がないことを願うと共に、災害に遭遇する被害者が出ないようにと手を合わす。

 さて、中学生の時、社会の先生が「人は誰も死を迎える。死なない方法が一つだけある」と言って、「答えは次の授業の時に言うが、みんなも考えてくるように」と終わってしまったので、3日ほど気になって仕方がなかったことを覚えている。

  そんな中、一部の生徒は他のクラスで先生が告げた解答を聞いており「馬鹿みたい」と立腹していたが、その答えである「この世に生まれないこと」ということ が、現在の仕事に従事しても離れず永遠のテーマとして考えてきており、宗教に関する書物に興味を持ち続けてきた背景ともなっている。

「臨終のことを習いて、後に多事を習うべし」と説かれたのは日蓮聖人だが、インド仏教が中国仏教、朝鮮仏教の影響を受けた歴史を経て、日本独自の考え方が加味され、現在の日本的仏教に進化してきた中、各宗教が説く「死生観」はいよいよ複雑な世界となってしまうのである。

 釈尊が説かれた「自らがつくった『業(ごう)』に従って来世に往き、善と悪の報いを受ける」という教えもあるが、六道の存在や輪廻転生に興味を抱いた私は、今では回収したい「葬儀屋 七万歩才のあの世の旅」という小説を書いてしまった過去がある。

「書く」ことは恥を「掻く」ことと何度もこの「独り言」でも書いたが、生かされた「証」をしたためるこの電脳型綴り方用紙の枚数は、果たして何枚で終わるのだろうかと考え始めたこの頃でもある。

  今回の発病で救急車で運び込まれた病院は淀川キリスト病院だったが、ホスピスが存在していたこと、そして一ヶ月の入院生活で朝と昼に流れる讃美歌や説教の 言葉に耳を傾けていたこと、また定期的に発行されている小冊子などを読みながら学んだことも貴重な体験で、自身が「死」と隣り合わせになった現実感は、今 後の私の仕事に大きな影響を与えてくれることにもなった。

 それにしても救急車の中での病院探しの時間は、今でも思い出したくない体験となった。30分近くも無駄に過ごした恐怖の時間、そこにはお粗末な行政と医療制度の現実をはっきりと体験させて貰い、私の大切に考えてきた哲学を訴えたくなった次第である。

  随分前の弊社のホームページに「葬儀社と企業の経営者は宗教者たれ」と書いた一文があったが、行政や医療に関係する人達もそうあるべきで、仏教系のホスピ スが登場してきた事実はあるが、どうも仏教はこの分野にあってはクリスチャン系に後れを取っているような感を抱いてしまう。

 大阪に聖徳太子にゆかり深い四天王寺があるが、法人活動として病院の存在がある背景に悲田院という文字が思い浮かび、慈悲という言葉の美しさに「愛」の文字を重ね合わせ、3ヶ月間のリハビリ生活を過ごした森之宮病院でのことを思い出している。
久世栄三郎の独り言(携帯版)
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