2007-06-01
意識の変化? NO 1877
KLMオランダ航空の飛行機が、ロシア上空で乱気流に巻き込まれ負傷者が出たというニュースがあった。
事故発生から8時間以上も飛行を続け、目的地である関西空港に到着したということだが、強烈な場合には無重力状態みたいになるというのだから恐ろしい。
飛行機嫌いの私が初めて搭乗した飛行機は「DC8」機で、羽田発伊丹行きだった。離陸するまでに機内放送で「気流が悪い」と聞き、飛ぶ前から恐れ戦いていたが、その揺れがやってきたのは富士山を過ぎた静岡県上空だった。
ストーンと何度も落ち、グーと持ち上がるような揺れの連続、<乗るべきではなかった!>と、どれだけ後悔したものかが懐かしいところだ。
その際の隣席の男性がパイロットの人、「今のは100メートルぐらい落ちましたね」なんて解説をしてくれる。「もっと腰を後ろに密着させて座ると楽ですよ」ともアドバイス。10分ほどの大揺れの解説はメートルばかりの数字が印象に残っている。
関東地方で大雨が降り、そんな中に雹が降ったという気象ニュースもあったが、飛行機が飛ぶ1万メートル上空という世界はマイナス50度以上の寒さだそう で、おまけに気圧は地上の四分の一、空気の密度は三分の一程度というのだから想像出来ない世界。室内のエアコンだけではなく、飛行に不可欠な部分が凍らな いようにヒーター設備が施されていたり、熱い風を流して対応しているという苦労もあるそうだ。
その後、新幹線と在来線の特急列車とのお付き合いが多くなったわけだが、そんな中にも時折に仕方なく飛行機を利用したことがあった。
距離的な問題解決のために仕方なく利用したのは沖縄行きと北海道行き。同行者がありところから仕方なかったのが青森行き、三沢空港行き、秋田行き、仙台行き、熊本行き、長崎行き、鹿児島行き、奄美大島行き、大分行き、福岡行き、宮崎行き、松山行き、高知行きである。
それだけ搭乗したら「飛行機嫌い」とは言えないというご意見が出るかもしれないが、列車の利用回数からすれば、航空機利用は微々たる数字。新幹線だけで週に5000キロを移動したという歴史もあるからだ。
「な んであんな快適な乗り物が嫌いなの?」「速くて便利でしょう!」と不思議がられることも多く、確かに快適な乗り物であると思っている部分もあるが、高所恐 怖症とは別に私の人生哲学である「後悔はしたくない」ということがどうしても表面化してくるからで、飛行中にエンジントラブルでも発生し、<乗らなかった らよかった。被害者にならなくて済むのに!>と嘆きたくないからである。
昔、長崎の大村空港からフレンドシップ機で大阪に向かう途中、 周防灘上空で大揺れが発生、コーヒーをサービスしていた乗務員がバランスを崩し、持っていたお盆を飛ばして私の衣服がコーヒーだらけになった出来事もあっ たし、一方で、何処から飛んできた便かは忘れたが、伊丹空港着陸寸前でタッチ&ゴーという形式で離陸して上空を旋回、アナウンスが遅かったために機内がざ わめき、何とも言えない恐怖感に襲われたこともあった。
忘れられないのは航空機事故の犠牲者の皆さんの葬儀、これまでに多くの方々を担当してきたが、その度に<搭乗しないようにしよう>と思いながらマイクを握ってきた。
そんな私も60歳を迎えた。最近に搭乗する場合は開き直る考え方も出て来ている。「どうか安全に着きますように!」とは祈っているが、現地に着いてから行動する楽しいことを考えるプラス思考で恐怖感を打ち消す意識改革を始め出している。