2005-03-20
大変でしたね NO 1101
夕方から行われる式典、予定通り午後3時にホテルに着いた。
熊本から福岡に向かう九州自動車道だが、久留米インターから先は通行止め。出口で15キロ渋滞している情報が出ていた。
いつも100キロの速度制限になっているところも50キロ規制、NHKは地震発生直後から地震に関する情報ばかり。被害が予想される地域への電話がつながらず段取りが狂うことに。
今日の新幹線で来ていたとしたら列車内に缶詰めとなり、きっと苛々していただろうし、間に合わなかったことは事実。
道中は豪くとも昨日から出てきて地震に遭遇したが、穴を空けることだけは免れることになった。
ホテルの部屋に入り着替えを始める。テレビを観ると午後3時現在までに余震が60回とのこと。明日の帰路道中が心配になる。
地震が発生した時間、インターチェンジの料金所を通過してカーブを曲がっている時だった。何か不自然なハンドルの切れ具合に<?>と思ったのがそれだった。
3年前、芸予地震の際は九州からの帰路で山陽道の広島付近を走行中。その時はタイヤがパンクしたのかと思ったほど衝撃があったが、今回は本線に入る前でスピードが出ておらず<?>程度で済んだよう。
震度3以上の地震が発生したことのない地域だそうだが、いつどこで起きるか分からない教訓とし、被害者がこれ以上出ないことと余震の治まりを祈っている。
臆病タイプの私、トンネル内や明石大橋、瀬戸内大橋を走行するのは大嫌い。関門橋はいつも風が強いし<地震が襲ったら?>なんて思いでハンドルを。だからアクセルをちょっと踏んでしまう。
今回もそんな思いで渡ってきたら地震に遭遇、帰りがいよいよ恐ろしい。
さて、夕方からの式典とは結婚披露宴だった。出席者360名、なんと4時間の披露宴。媒酌人が市長ご夫妻、出席者名簿を拝見すると「市」と周辺のお歴々がご集合という感じ。「スピーチを」とは依頼されていたが、まさか新郎側の主賓とは予想していなかった。
医師会会長さんと県議会議員さんに挟まれ、仏教会の会長さんや多くのお寺さんもご出席、<ちょっと待てよ!>というのが本音だったが始まる前に覚悟を決めた。
風変わりな主賓挨拶、びっくりされた方が多かったと思うが、県議会議員さんには好評だったようで、挨拶談議が弾むことになった。
県民に対する熱い思いを語ってくださった岩中伸司議員さん、彼は何よりパワフルだった。フルマラソンを2回完走されたそうで「トライアストロン」に挑戦したいという意欲に燃えておられた。私と同じ団塊世代、そのお人柄が素晴らしく、4時間の内に何度か握手をすることに。
過去に九州で講師を担当させていただいた宗教者研修会、そこでお会いしたお寺さんもおられ、あちこちのテーブルを回っていたら名刺がなくなってしまった。
社長と新郎の謝辞も見事だった。仏教会の会長さんの一本締めでお開きとなり、部屋に戻ったらお客様。縁の深いお寺さんご夫妻と過ごしているとノックの音。社長夫妻と新郎が来てくれたのだが、同時に整体師さんも来室。後はご想像に?